全国友好葵

友好葵LCは32年前1969年11月23日京都葵、和歌山葵、水戸葵、名古屋葵、そして静岡葵の五クラブが安倍川沿いのホテルニューシズオカで 友好提携の調印をしたのが始まりです。
当時はこの五クラブが徳川の御三家と葵祭りで有名な下賀茂神社から名前を取った京都葵の五クラブが葵の名を 冠してクラブ名としていたので、友好提携をしようという論議が当理事会にあり、それに基づいて当時幹事だった私が中心となり、それぞれのクラブを 5-6名が自前の旅費、手弁当で訪問の旅に出て、先方の例会で或いは理事会で趣旨を説明して賛同を得ました。

今は亡き萩野準平静岡市長が会長の時でした。
今でもメンバーとご一緒に提携行脚の弥次喜多道中の旅は懐かしい思い出です。

友好クラブはそれぞれが、ローカル性があり、特徴のある素晴らしいクラブでした。今では友好葵クラブも会津若松、岡崎、高松、川崎、福井、東京、浜松、 川越、松江と参加し、十四クラブとなりそれぞれが特徴ある素晴らしいクラブです。
会員の皆様もその地方を訪問の時はどうぞ、会長か幹事を尋ねられて友好を 深められる事を希望します。会員名簿は毎年各クラブから事務局に送られてきます。
私達もそれらの方々が来静の時は進んで歓迎したいものです。
それが、友好葵クラブの存在であり、意義ではないでしょうか。
各地方に多くの知人がおり、友人がおる事は楽しいものです。
友好葵は年に一度持ち回りで 大会を開催します。
その折りは是非とも参加して友情を暖めて下さい。
新たな友人を各地に創って下さい。
そして、必ず冒頭で代表者会議があり、それぞれのクラブの特徴を生かした提案があり、議題が討議されます。

日本のLCの活動も景気の上昇期を脱して、今や不況期、倒産、人員整理が横暴する現在、LCも確かに曲がり角にきております。一時は7千人を越えるかと 思われた334-C地区の会員数も今年6月末に162人減少して今は4千人台(4,266人)に減少しました。3千人台に落ちてしまう危険性さえあります。
毎年100~200人が減少しております。我がクラブも120人を超えた会員が今や半分の60人台になりました。
どうすれば減少に歯止めをかけられるか、 新規の会員を如何にして増加させる事が出来るかは課題の急務であります。
我がクラブも設立以来40年を経過しますと、種々マンネリ化の現象も現れます。
真に社会奉仕を目指している団体であるのか、日常の会員の話題に奉仕活動が 出ておるのか、そうした意見が出やすい環境は整って居るのか、お互いの親睦、融和は充分に保たれて居るのか、進歩発展を目指して会は運営されておるのか 等々考えなければならない事が山積みしております。

会員一人一人にとって例会が待ち遠しい、楽しい、期待される例会であるのか、また、会員が出席する事によって一人でも多くの友人を作り、何かを学び取る事も 大切な事です。
与えられるものを待つだけではなく、自ら獲得出来るように努力する事も肝要です。

CN40周年を記念して我がクラブが大きく発展成長する事を心から願っております。この40周年という不惑の年を祈念して我がクラブの伝統であ る益々の発展を心から希求しております。

故 L斎藤 文治